出典:国土地理院
御祭神の鵜葺草葺不合命についてお話しするのじゃ。
地神五代で、父は彦火々出見尊、母は豊玉姫じゃ。熊野速玉大社などにてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
ちなみにこの枠は左下の▼で非表示にできるぞ。
天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命日子波限建鵜草葺不合命
彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊
彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊
彦瀲尊
日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊葺不合尊鵜茅草葺不合命鵜茅葺不合命鵜茅葺不合尊鵜草葺不合命鵜草葺不合尊鵜葺草葺不合命鵜葺草葺不合尊鵜鷀草葺不合尊鸕草葺不合命鸕鶿草葺不合尊鸕鷀草葺不合命鸕鷀草葺不合尊鸕鷀草葺不合神etc...
『古事記』と『日本書紀』に記されている、初代神武天皇の父とされる神である。父は彦火々出見命、すなわち山幸彦であり、母は海神の娘である豊玉姫である。
彦火々出見命と豊玉姫の間には子が宿り、豊玉姫は出産のため海辺に産屋を建てた。しかし、その屋根を葺く際に、鵜の羽で葺き終える前に産気づいてしまう。豊玉姫は夫に対し「出産中の姿を覗き見ないでほしい」と頼んだが、彦火々出見命はその禁を破ってしまう。彼が産屋を覗くと、豊玉姫は鰐(ワニ)の姿に変わって子を産んでいた。正体を見られたことを恥じた豊玉姫は、生まれたばかりの子を残し、海神の国へと帰っていった。
産屋の屋根が鵜の羽で葺き終わらないうちに生まれたため、この子は鵜葺草葺不合命と名付けられた。母を失った幼い命は、豊玉姫の妹である玉依姫に育てられることとなる。成長した鵜葺草葺不合命は、彼を育て上げた玉依姫と結婚し、四柱の子をもうけた。末の子が、後に東征を行い、初代神武天皇となる若御毛沼命、こと神日本磐余彦尊である。
彼の物語は、天孫族と海神族という異なる勢力の交流と対立、そして最終的に天孫が海神の力を吸収し、地上の支配権を確立していく過程を象徴している。母が産屋を覗かれたことで海へと帰るという結末は、二つの異なる世界の狭間にある彼の運命を暗示しているとも解釈できる。日向の地で亡くなったと伝えられており、鹿児島県鹿屋市にある吾平山上陵に葬られたとされている。鵜葺草葺不合命は、神話から歴史へと移行する過渡期における、皇室の祖先として重要な役割を担っていると言えるだろう。
諸説には安曇磯良と同神とも言われる。