出典:国土地理院
御祭神の都怒我阿羅斯等についてお話しするのじゃ。
記紀に登場する神々で、父は加羅国王じゃ。氣比神宮にてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
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都怒何阿羅志止都怒賀阿羅斯止
都怒我阿羅斯等命etc...
父:加羅国王
母:-
都怒我阿羅斯等は、日本書紀に記された意富加羅の王子であり、崇神天皇の時代に朝鮮半島から渡来したとされる伝説的な人物である。
その名は「角がある人」を意味するとされ、額に角が生えていたという異貌の伝承とともに、敦賀の地名の由来になったことでも知られている。最初、穴門から出雲を経て、北陸の角鹿の浜に上陸した。この角鹿が転じて現在の敦賀となったのである。
都怒我阿羅斯等が来日した目的については、崇神天皇の徳を慕って朝貢に訪れたという説や、逃げ出した白石が化した美女を追って日本にやってきたという説など、複数の伝説が語り継がれている。垂仁天皇の御世に帰国する際、天皇から任那という国名を賜り、赤絹を贈られたことが任那の国名の起源になったという記述も重要である。
また、都怒我阿羅斯等が追いかけた白石の化身は、難波の比売許曽神社の祭神や、豊後國の比売語曽社の神になったとも伝えられ、天日槍の伝承とも酷似していることから、同一視されることもある。
都怒我阿羅斯等は現在、気比神宮の摂社である角鹿神社に祀られており、古代における大陸との交流や北陸地方の開拓を象徴する存在として尊崇されている。