出典:国土地理院
御祭神の熊野三所権現についてお話しするのじゃ。
神仏習合の時代の垂迹神で、ご神徳と得意分野は、
家津美御子神・速玉之男神・熊野牟須美神
熊野三所神熊野三神熊野坐大神熊野大神熊野権現熊野皇大神熊野神etc...
熊野三所権現とは、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)に祀られる主祭神の総称であり、日本独自の神仏習合思想が色濃く反映された信仰の象徴である。権現とは、仏が衆生を救うために仮の姿である神となって現れるという「本地垂迹」の考えに基づいた神の呼称である。熊野の神々もこの思想のもと、それぞれ特定の仏の化身とされた。
具体的には、下記の通りである。
補陀落渡海は、平安時代から江戸時代にかけて、主に熊野那智山近辺で行われた、観音菩薩の浄土である補陀落山を目指して小舟で大海へ漕ぎ出す捨身行である。この行は、生きながらにして観音浄土に往生するという、極めて特異な信仰実践であった。補陀落とは、サンスクリット語で観音浄土を意味する「ポータラカ」の音訳であり、南方の海上に存在すると信じられていた。日本においては、熊野那智山のほか、四国や九州でも記録が残されているが、那智からの渡海が最も多く、特に補陀洛山寺が主要な拠点であった。【補陀落渡海】
渡海は、選ばれた修行僧、特に補陀洛山寺の住職が、61歳になると行われることが多かったとされる。渡海に用いられたのは、観音浄土へ向かうための特別な船で、窓や扉がなく、釘で密閉された船室に、わずかな食料と水、そして灯油が積み込まれた。僧は船室に閉じ込められ、外界との接触を絶たれた状態で、ひたすら観音菩薩に祈りを捧げながら、伴船に引かれて大海へ船出した。この船の構造は、鳥居が取り付けられるなど、神仏習合が進んだ熊野信仰の特徴を反映していた。
神話や伝承に基づき、個人的な解釈を含みます。