出典:国土地理院
御祭神の佐久間象山についてお話しするのじゃ。
歴史上の人物で、父は佐久間一学、母はまんじゃ。象山神社にてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
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佐久間象山佐久間象山etc...
父:佐久間一学
母:まん
佐久間象山(ぞうざん)は、江戸時代末期(幕末)の思想家、兵学者、蘭学者であり、信濃國松代藩に仕えた藩士である。当時の日本における最高峰の知識人とも称される彼は、東洋の道徳(朱子学)を基盤としつつ、西洋の優れた科学技術や芸術を積極的に導入すべきであるという「東洋道徳・西洋芸術」という独自の思想を掲げ、日本の近代化に大きな影響を与えた。
象山は、洋書から得た知識だけで大砲の鋳造に成功したり、カメラや地震予知器まで自力で製作したりするなど、自然科学の分野で驚異的な才能と実行力を発揮した発明家でもあった。嘉永年間には江戸で「五月塾」を開塾し、勝海舟、吉田松陰、坂本龍馬、山本覚馬といった、後に幕末維新の動乱期に活躍する数多くの逸材を育成した。
しかし、その開明的で先見的な主張ゆえに、波乱の生涯を送ることとなる。ペリーが二度目の来航を果たした際、象山は弟子の吉田松陰が外国船への密航を企てた事件に連座し、捕縛されて松代での蟄居を命じられた。約8年間の蟄居生活を経て、文久2年(1862年)に許された象山は、幕府の命令で上洛する。京都において彼は、西洋式の馬具を用いた馬に乗り、公武合体論と開国論を堂々と主張した。この進歩的な姿勢と目立つ言動は、過激な尊王攘夷派の反感を買い、元治元年(1864年)7月、京都の三条木屋町で刺客に襲われ、暗殺された。享年53歳。