出典:国土地理院
こんぴらさん
総本宮・総本社
金刀比羅宮(香川県 琴平町)
概要
金刀比羅、琴平、事比羅、金比羅といくつかの表記の違いはあるものの、香川県の金刀比羅宮を総本宮とする神社で、全国に約600社余りある。
まずは由緒について簡単に説明する。香川県にある象頭山はかつては海に浮かぶ島であり、そこに大物主神が行宮(あんぐう:天皇が滞在するための場所)を作った。後々にその場所に神社を建て、大物主神を祭神として祀ったことが金刀比羅宮の始まりと言われる。その後、象頭山は陸地の山となり、修験道による修行も行われるようになった。
そうなると、ここでも神仏習合が発生する。修験道が山に籠っているときに、インド・ガンジス川の水の神クンビーラが出現した。このクンビーラは漢字で書くと金毘羅であり、それが金毘羅大権現となった。クンビーラは水神でもあり、女神の乗り物でもあったため、金毘羅大権現は海上交通や船乗りの守り神として広く認知されるようになっていく。また、大物主神も蛇神や海上神とも言われる繋がりで、ますます金毘羅大権現としての習合が進む。
しかしながら、神仏分離の流れには抗えず、金毘羅大権現は神道に改められ、祭神を大物主神として琴平神社(現在の金刀比羅宮)となった。それと同時に、全国にあった金毘羅大権現社も祭神を大物主神とし、神社を名乗るようになっていった。しかし、金刀比羅大権現は完全に消失する事はなく、現在でも割としぶとく残っているようである。現在でもいくつかの寺院で金毘羅大権現は祀られているし、神社境内の石灯籠や石祠に「金毘羅大権現」の文字を見ることは、割と多いように感じる。
由緒を見てみると、海の守護神としてのご利益が全面に出て目立っているが、実際の金毘羅宮のある場所は山であり、全国のことひら神社のある場所も海沿いばかりではく、内陸の町の中に位置している場合も多い。おそらくは、江戸時代に発生した○○詣りブームの繋がりで起きた金毘羅詣りが原因だと考えられる。香川は遠い、関東からすれば、伊勢なんかよりもずっと遠い・・・そのため村ごとに「金毘羅講」なども組織され江戸庶民にとっての憧れとなっていった。それに加えて、仏教グループによる金毘羅大権現の布教活動も伴い、海には関係がなさそうな村でも受け入れられていったのではないかと思われる。
ちなみに、日本最東端(納沙布岬)と日本最西端(与那国島)に位置している神社は、金刀比羅神社と金刀比羅宮である。東西は大物主神の鉄壁の護りで固められている。
全国の主な神社
稲荷神社・稲荷社
八幡神社・八幡社・白幡社
八坂神社・祇園社・天王社
八雲神社・須賀社・素鵞社
天満宮・天神社
弁財天・弁天社
住吉神社・住吉社
白山神社・白山社
神明社・皇大神宮・伊勢社
熊野神社・熊野社
杉山神社・杉山社
浅間神社・浅間社
第六天神社
日吉・日枝・山王神社
金刀比羅神社・琴平社
諏訪神社・諏訪社
月読神社・月読社
厳島神社・厳島社
御嶽神社・御嶽社
鹿島神社・鹿島社
香取神社・香取社
春日神社・春日社
秋葉神社・秋葉社
三峯神社・三峯社
古峯神社・古峯社
愛宕神社・愛宕社
猿田彦神社
淡島神社・粟島社
竈神社・荒神社
羽黒神社・出羽神社
三島神社・三島社
子ノ神社
雷電神社・雷電社
産泰神社
三吉神社
青麻神社
駒形神社