出典:国土地理院
通称:
総本宮・総本社
不詳(有力な4社がある)<br> 個人的見解では都筑区茅ヶ崎中央に坐す (神奈川県 横浜市)
祀られている主な祭神・推測できる祭神
五十猛神または日本武尊
概要
杉山神社・杉山社とは、神奈川県横浜市を中心に、川崎市や東京都の一部にかけて集中的に分布する神社群の総称であり、全国的に見ても極めて限られた地域にのみ存在する独特の信仰圏を形成している神社である。横浜市内には現在およそ四十社余りの杉山神社が確認されており、住宅地や旧集落の中に鎮座する地域の鎮守として親しまれている。七五三や夏祭りなどの年中行事が行われるなど、地域住民の生活に深く根ざした身近な存在である一方、その由緒については不明な点が多く、郷土史上の大きな謎を残す神社群でもある。
杉山神社の重要な特徴は、平安時代の延喜式神名帳において、武蔵國都筑郡で唯一の式内社として「杉山神社」の名が記されていることである。しかし現在横浜市内に存在する複数の杉山神社のいずれがその式内社の後裔であるのかは確定しておらず、多くの社がそれぞれ論社として自らをその継承社と位置づけている。このため「本社」がどこであるかについては定説がなく、研究者や郷土史家の間でも議論が続いているのである。
杉山神社の分布を地理的に見ると、鶴見川、帷子川、大岡川といった主要河川の流域に沿って多く鎮座していることが知られている。これは古代において海から川を遡って入植した人々が、それぞれの土地に守護神を勧請して祀った結果であると考えられている。祭神は社ごとに異なるが、林業や樹木の神として知られる五十猛命と、東国平定の英雄として名高い日本武尊を祀る例が多く、両者はほぼ同数程度とされる。とりわけ五十猛命は樹木を植えて国土を緑豊かにしたという伝承を持つ神であり、かつて杉や松の森林に覆われていた横浜の丘陵地帯の自然環境とも深く結びつく存在であった。
江戸時代の地誌である新編武蔵風土記稿には、当時の都筑郡内だけで七十社余りの杉山神社が存在したことが記されており、地域住民から「杉山大明神」として篤く崇敬されていたことがうかがえる。時代の変遷とともに合祀や整理が進み、現在は数を減らしたものの、氏子によって大切に守られ続けている。杉山神社は、横浜という都市の発展の陰で長く地域社会を支えてきた信仰の痕跡といえる。
全国の主な神社