出典:国土地理院
御祭神の阿曇比羅夫についてお話しするのじゃ。
古代の豪族で、系譜がちょっと不詳なのじゃ。ご神徳と得意分野は、
阿曇比羅夫
安曇連比羅夫命etc...
父:-
母:-
飛鳥時代の人物。舒明→皇極→孝徳→斉明→天智と天皇に仕え、数度に渡り百済に派遣されている。
舒明天皇の時代に、百済へと派遣される使者の大使に任じられた記録が残る。斉明天皇の治世下において、唐と新羅の連合軍によって百済が滅亡の危機に瀕すると、日本は百済復興を支援するために大軍を派遣することを決定した。阿曇比羅夫は、百済から人質として日本に滞在していた豊璋を王として奉じ、百済へと送り届ける重要な任務を担った。彼は水軍の指揮官として船団を率い、海路を越えて朝鮮半島へと進出したのである。
天智天皇の二年には、倭国の軍勢を率いて白村江の戦いに臨んだ。この戦いは、東アジアの勢力図を左右する大規模な衝突であったが、唐の水軍の巧みな戦術の前に、日本の船団は火攻めに遭うなどして壊滅的な打撃を受けた。阿曇比羅夫はこの激戦の最中に戦死したと伝えられている。
現在は穂高神社の若宮にて祀られている。命日とされる日には御船神事が行われている。この神事は、大きな船の山車を曳き回すもので、古代の海人族の記憶を現代に留める文化的な遺産となっている。
神話や伝承に基づき、個人的な解釈を含みます。