出典:国土地理院
御祭神の開化天皇についてお話しするのじゃ。
いにしえの皇族で、父は孝元天皇、母は鬱色謎命じゃ。丹生川上神社などにてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
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若倭根子日子大毘毘命
稚日本根子彦大日日天皇稚日本根子彦大日日尊
春日宮御宇天皇春日率川宮御宇天皇
開化天皇
稚日本根子彦大日日天皇
和加倭根子意保比比乃命etc...
欠史八代と称される実在性が不透明な初期天皇群の最後の一人であり、第九代に数えられる天皇である。父は第八代の孝元天皇、母は内色許売命とされ、諱を若日本根子彦大毘毘命という。
事績に関する詳細な記述は『古事記』や『日本書紀)』においても乏しく、主に系譜の記載に留まっている。開化天皇は、父である孝元天皇が崩じた翌年に即位し、春日の率川の宮に都を置いた。この地は現在の奈良県奈良市周辺に比定されている。
皇后には伊香色謎命を迎え、後の第十代天皇となる御真木入日子印恵命、すなわち崇神天皇をもうけた。この崇神天皇からが実在の可能性が高い「実質的な初代」と目されることが多いため、開化天皇は神話的な系譜と歴史的な実在が交差する結節点に位置する人物といえる。
記紀の記録によれば、開化天皇は百歳を超える長寿を全うして崩御した。陵墓は、宮内庁により奈良市油阪町の念仏寺山古墳に「春日率川坂上陵」として治定されている。この古墳は、5世紀から6世紀頃に築造された前方後円墳と推定されており、開化天皇の在位年代とは時期が合わないため、陵墓の治定についても異論が多い。
欠史八代とは、日本の記紀神話において、初代神武天皇と第10代崇神天皇の間に位置する8人の天皇、すなわち第2代から第9代までの天皇を指す歴史学上の用語である。この8人の天皇とは、綏靖天皇、安寧天皇、懿徳天皇、孝昭天皇、孝安天皇、孝霊天皇、孝元天皇、そして開化天皇である。【欠史八代】
『日本書紀』や『古事記』には、神武天皇の東征や崇神天皇の治世に関する詳細な記述がある一方、欠史八代の天皇については、系譜や陵墓、皇后や皇子に関する情報があるだけで、具体的な治世の事績がほとんど記されていない。このことから、古くからその実在性について疑いが持たれてきた。
歴史学的には、欠史八代の存在は、後世の編纂者が記紀の系譜を遡らせるために創作・追加したものであり、実際に存在した可能性は低いと考えられてきた。しかし、近年の考古学的な発見によって、欠史八代の実在をめぐる議論が再燃している。特に、埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣に銘文として記された「意富比垝」という人名が、孝元天皇の皇子である大彦命と同一視される可能性が指摘されている。これにより、欠史八代の天皇の存在そのものは依然として不確かであるものの、その系譜に連なる一部の人物が実在した可能性が出てきているのである。
欠史八代の実在性については諸説あり、年代を延ばすために創作されたという説のほか、神武天皇と崇神天皇は同一人物であり、欠史八代は存在しなかったという説、また、実在したとしても、当時の年齢の数え方が現在と異なるため長寿とされているという説などがある。