出典:国土地理院

御祭神の葛城襲津彦についてお話しするのじゃ。
古代の豪族で、父は武内宿禰、母は葛比売じゃ。志紀長吉神社などにてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
ちなみにこの枠は左下の▼で非表示にできるぞ。

狐っこの
にゃんこきつね
古代の豪族

かずらきのそつひこ

葛城襲津彦

Kazurakinosotsuhiko

古事記に於ける名前の表記

葛城之曽都毘古かづらきのそつびこ葛城之曾都毘古かずらきのそつびこ葛城長江曽都毘古かづらきのながえのそつびこ葛城長江曾都毘古かずらきのながえのそつびこ

日本書紀に於ける名前の表記

葛城襲津彦かづらきそつひこ葛城襲津彦かずらきのそつひこ

先代旧事本紀に於ける名前の表記

葛城襲津彦命かずらきのそつひこのみこと

新撰姓氏録抄に於ける名前の表記

葛城曽豆比古命かづらきのそつひこのみこと葛城曽豆比古命かずらきのそつひこのみこと葛城曽都比古命かづらきのそつひこのみこと葛城曽都比古命かずらきのそつひこのみこと葛城襲津彦命かづらきのそつひこのみこと葛城襲津彦命かずらきのそつひこのみこと葛木曽頭日古命かづらきのそつひこのみこと葛木曽頭日古命かずらきのそつひこのみこと葛木襲津彦命かづらきのそつひこのみこと葛木襲津彦命かづらきのそつひこのみこと葛木襲津彦命かずらきのそつひこのみこと葛木襲津彦命かずらきのそつひこのみこと

上記以外の文献または由緒書き等に於ける名前の表記

荒木田襲津彦命あらきだそつひこのすくね葛城襲津彦命かずらきのそつひこのみこと葛城長柄襲津彦宿禰かずらきのながえのそつひこのすくね葛城長柄襲津彦宿禰かずらきのながえのそつひこのすくね襲津彦宿禰そつひこのすくね襲津彦宿禰そつひこのすくね長江襲津彦命ながえのそつひこのみことetc...

系譜

父:武内宿禰
母:葛比売

子:磐之媛命

概要

記紀に登場する古代の豪族・葛城氏の祖とされる人物である。武内宿禰たけのうちのすくねの子であり、4世紀後半から5世紀にかけて、ヤマト王権の外交や軍事を担う重臣として活躍した。襲津彦は、仁徳天皇の皇后・磐之媛命いわのひめのみことの父であり、皇室の外戚として大きな権勢を誇った。

その事跡は、『古事記』や『日本書紀』に記されている。特に朝鮮半島との外交において重要な役割を果たし、百済に派遣されて新羅との交渉にあたったと伝えられる。『日本書紀』には、襲津彦が百済の王子・直支王ちきおうを連れ帰り、百済から鉄を献上させたと記されている。しかし、この記述は、当時の国際関係や外交の実態を反映している一方で、襲津彦の実在性や功績については、史学的な議論が続いている。

葛城氏の本拠地は、現在の奈良県南西部に位置する葛城地方であり、この地からヤマト王権に多くの后妃や重臣を輩出した。室宮山古墳むろみやまこふんは、襲津彦の墓であるという説があるなど、この地域には葛城氏の勢力を示す遺跡が点在している。

免責事項
  • これは学術的な手法に基づく調査・研究ではありませんが、日々研究を重ねて精度を上げていきます。
  • フィールドワークで得られた情報とスマホで撮影した写真をもとに、主観的に判断しているため誤解釈や間違いが発生している可能性があります。
  • その場合、先の研究や報告等に対し意義を唱えるものではなく、当ウェブサイト側のミスである可能性が高いことをご了承ください。
  • よく分からないものは「不明」と表記しています。
  • 宗派・祭神・神札に関しては、 「境内設置の由緒書き」「現地での目視確認」「公式ウェブサイトでの記載」または「各都道府県の神社庁ウェブサイト」のいずれかにて確認できなかった場合は、 慣例的に容易に予測や推定可能な場合であっても原則的に「不明」としています。しかしながら、神社名から推察される祭神名を括弧書きで表示している場合もあります。
  • また祭神に関しては、その表記に別名や別称が多数存在することが多く、基本的には由緒書きに従った表記名をし、 祭神について詳細情報がある場合は祭神名が太字リンクとなっております。
  • 当ウェブサイトに掲載された情報の利用により発生したいかなるトラブル・損失・損害に対しても、当方は責任を負いません。
著作権
  • 当ウェブサイトに掲載されているスナップ写真のみ、クリエイティブ・コモンズ「CC BY-NC 4.0」で提供されています。
  • 当ウェブサイトに掲載されている文字コンテンツ、360度画像、イラストは、おさんぽ・YOKOHAMAが権利を有していおります。