出典:国土地理院

御祭神の菟道稚郎子についてお話しするのじゃ。
いにしえの皇族で、父は応神天皇、母は宮主宅媛じゃ。ご神徳と得意分野は、

  • 神童に強い神徳がある
じゃな。古御門神社などにてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
ちなみにこの枠は左下の▼で非表示にできるぞ。

狐っこの
にゃんこきつね
いにしえの皇族

うじのわかいらつこ

菟道稚郎子

Ujinowakairatsuko

古事記に於ける名前の表記

宇遅能和紀郎子うじのわきいらつこ

日本書紀に於ける名前の表記

菟道稚郎子うじのわかいらつこ菟道稚郎子皇子うじのわかいらつこのみこ

先代旧事本紀に於ける名前の表記

菟道稚郎子皇子尊うじのわかいらつこのみこのみこと

播磨国風土記に於ける名前の表記

宇治天皇うじのすめらみこと

上記以外の文献または由緒書き等に於ける名前の表記

宇治和気伊良津古皇子うじのわきいらつこのみこ宇治皇子うじのみこ宇治若郎子命うじのわきいらつこのみこと菟道皇子うじのみこ菟道稚郎子命うじのわかいらつこのみこと菟道稚郎子尊うじのわかいらつこのみことetc...

系譜
概要

応神天皇の皇子。応神天皇は菟道稚郎子うじのわかいらつこの学識の高さを評価し、百済の阿直岐あちき王仁わにを招いて学ばせた結果、さらに聡明になったとされる。

『古事記』『日本書紀』等の多くの史書に記載がある。中でも、父の応神天皇の寵愛を受けて皇太子に立てられたものの、 応神天皇の崩御後、菟道稚郎子は天皇の位を異母兄の大鷦鷯尊おおさざきのみこと(のちの仁徳にんとく天皇)に譲ろうとしたが、大鷦鷯尊もまた固辞し、互いに皇位を譲り合ったため、3年もの間、天皇の位が空位となってしまった。

最終的には大鷦鷯尊に皇位を譲るべく、菟道稚郎子は自殺したという美談が知られる。ただし、これは『日本書紀』にのみ記載された説話で、『古事記』では単に夭折と記されている。その後の仁徳天皇は優れた治世を実施し、聖帝と呼ばれた。

『古事記』『日本書紀』の郎子に関する記載には多くの特異性が指摘されるほか、『播磨國風土記』には郎子を指すとされる「宇治天皇」という表現が見られる。これらの解釈を巡って、「天皇即位説」や「仁徳天皇による郎子謀殺説」に代表される数々の説が提唱されている人物である。

「菟道」という名は、現在の京都府宇治市の古名とされており、菟道稚郎子はこの地に宮(菟道宮)を営んだと伝えられてている。兄の仁徳天皇は、弟の死を悼んでその宮跡に神社を建てて祀ったのが、現在の宇治上神社宇治神社の起源とされている。

神徳・得意分野

神話や伝承に基づき、個人的な解釈を含みます。

  • 神童に強い神徳がある

菟道稚郎子」 を祀る神社は 16社です。
主祭神・相殿神・配祀神・合祀神などとして祀られている神社を表示しています。
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