出典:国土地理院
御祭神の綏靖天皇についてお話しするのじゃ。
いにしえの皇族で、父は神武天皇、母は媛蹈鞴五十鈴媛命じゃ。宇奈岐日女神社などにてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
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建沼河耳命神沼河耳命
渟名川耳尊神渟名川耳天皇神渟名川耳尊
神渟名河耳天皇葛城高丘宮御宇天皇
綏靖天皇
第2代天皇。
その実在性については歴史学的に否定的であり、いわゆる「欠史八代」の一人に数えられる。神武天皇の皇子であり、その名は『日本書紀』では「神渟名川耳天皇」、『古事記』では「神沼河耳命」と記される。
即位に至るまでの経緯は、神武天皇が崩御した後、異母兄である手研耳命との間で皇位継承をめぐる争いがあったと伝えられている。手研耳命が、神武天皇と正妃の媛蹈鞴五十鈴媛命の子である綏靖天皇と兄の神八井耳命を暗殺しようと企てたことを察知した綏靖天皇が、逆に手研耳命を討ち取ったとされている。この事件の後、兄の神八井耳命は、自らは武勇に秀でていないとして皇位を弟である綏靖天皇に譲り、自身は神事を司ることになったという。
綏靖天皇は葛城の高丘宮(奈良県御所市)に都を置き、在位は33年、崩御時の年齢は84歳と記されている。しかし、これらの記録は後世に潤色されたものであり、実像を伝えるものではないと考えられている。彼の物語は、神話的な初代天皇から、より現実的な天皇へと移行する間の時期を埋める役割を果たしたと考えられる。
欠史八代とは、日本の記紀神話において、初代神武天皇と第10代崇神天皇の間に位置する8人の天皇、すなわち第2代から第9代までの天皇を指す歴史学上の用語である。この8人の天皇とは、綏靖天皇、安寧天皇、懿徳天皇、孝昭天皇、孝安天皇、孝霊天皇、孝元天皇、そして開化天皇である。【欠史八代】
『日本書紀』や『古事記』には、神武天皇の東征や崇神天皇の治世に関する詳細な記述がある一方、欠史八代の天皇については、系譜や陵墓、皇后や皇子に関する情報があるだけで、具体的な治世の事績がほとんど記されていない。このことから、古くからその実在性について疑いが持たれてきた。
歴史学的には、欠史八代の存在は、後世の編纂者が記紀の系譜を遡らせるために創作・追加したものであり、実際に存在した可能性は低いと考えられてきた。しかし、近年の考古学的な発見によって、欠史八代の実在をめぐる議論が再燃している。特に、埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣に銘文として記された「意富比垝」という人名が、孝元天皇の皇子である大彦命と同一視される可能性が指摘されている。これにより、欠史八代の天皇の存在そのものは依然として不確かであるものの、その系譜に連なる一部の人物が実在した可能性が出てきているのである。
欠史八代の実在性については諸説あり、年代を延ばすために創作されたという説のほか、神武天皇と崇神天皇は同一人物であり、欠史八代は存在しなかったという説、また、実在したとしても、当時の年齢の数え方が現在と異なるため長寿とされているという説などがある。