出典:国土地理院
御祭神の真神についてお話しするのじゃ。
動物神で、ご神徳と得意分野は、
大口真神御神犬真神etc...
オオカミの神格化・山犬信仰である。
日本の神道における狼を神格化した存在であり、特に関東地方や甲信地方において広く信仰を集めてきた守護神である。大口の名は狼の口に由来するとされ、山岳信仰や自然崇拝の中で畏敬され、里を荒らす害獣を退け、盗賊を防ぎ、人々を守護する力を持つと信じられてきた。さらに、人語を理解し、人間の性質を見分ける力を有し、善人を守護し、悪人を罰するものと信仰された。また、厄除け、特に火難や盗難から守る力が強いとされ、絵馬や神符などにも描かれてきた。
秩父や多摩地域に残る狼信仰では、大口真神は「御眷属様」として崇められ、三峯神社や武蔵御嶽神社などの祭神の眷属とされることが多い。特に三峯神社では、伊弉諾尊・伊弉冉尊の眷属神として狼を神使とし、大口真神はその象徴として信仰される。信仰の特色として、講を組み、家や村の門口に「御眷属拝借」や「大口真神」の札を貼り、狼神の加護を受ける習慣が伝わる。地域によってさまざまではあるが、「一枚で七軒守る」というのが真神の効力らしい。
三峯講とは、埼玉県秩父市にある三峯神社の狼信仰、すなわち真神信仰を基盤とした信仰組織、あるいはその集団的な参拝行事のことを指す。この講は、三峯神社から真神の御眷属(=神の使い)の神札を拝借し、火難盗難除けなどのご利益を分かち合うことを目的として、江戸時代以降、関東地方を中心に広まった。
主に武蔵国(現在の東京都・埼玉県)の御嶽山に伝わるものであり、武蔵御嶽神社の縁起譚として語り継がれている。この神話は、日本武尊の東征の途上で、狼(真神)が英雄を助け、その後、神の眷属として崇められるようになった経緯を物語る。【三峯講と真神】
三峯講の主な活動は、毎年決まった時期に代表者(代参人)を立て、三峯神社へと参拝することである。代参人は、講の加入者全員分の御眷属の神札を受けて村へ持ち帰り、講員に配付する。講員は、この神札を家屋の入り口などに貼り、一年間の家内安全や災難除けを祈願した。この御眷属は一年間の「貸し出し」という形式であり、翌年には新しい神札を求めて再び代参を行うのが通例であった。この形式は、真神の力が絶えず新鮮な状態で各家に行き渡ることを意味していた。
真神信仰が三峯講の核となった背景には、山を主な活動場所とする狼(ニホンオオカミ)の性質がある。狼は田畑を荒らす鹿や猪を捕食するため、人々の生活にとって害獣を退治してくれるありがたい存在であった。その一方で、狼の力強い姿と、時には人を襲う獰猛さから、人々は畏怖の念も抱いていた。この両面性から、狼は単なる獣ではなく、人々に益をもたらすと同時に、災厄を遠ざける強力な存在として「真神」として神格化されたのである。
三峯講は、単に神札を受け取るだけでなく、講員が集まって会食したり、情報交換をしたりする場でもあった。これにより、講は信仰共同体であると同時に、村落社会における共同体の絆を深める役割も担っていた。過疎化や生活様式の変化により、かつてのような大規模な三峯講は減少したが、真神信仰自体は今も多くの人々に受け継がれている。
道端や神社境内に見られる「三峯(峰)講」と掘られた石碑は、そうした民間信仰の紀念碑である。【日本武尊と真神】
伝説によれば、日本武尊が東征の帰り道、御嶽山の険しい山中で道に迷ってしまった。そのとき、あたり一面に濃い霧が立ちこめ、一寸先も見えない状況に陥り、一行は途方に暮れる。まさに絶体絶命の危機であった。そこへ、どこからともなく一匹の白い狼が現れ、日本武尊の一行の前に伏して道案内を申し出た。一行は、その神秘的な狼に導かれるままに歩を進め、無事に山中を抜け出すことができた。
無事に難を逃れた日本武尊は、白い狼の神威に感謝し、その狼を「大口真神」と名付けた。そして、「いつまでもこの地に留まり、我が陣や民家、そして人々を災いから守る守護神となってほしい」と懇願した。狼は快くこの申し出を受け入れ、それ以降、御嶽山に留まって人々の守り神となったとされている。
神話や伝承に基づき、個人的な解釈を含みます。