出典:国土地理院
先代:意富斗能地神・大斗乃弁神
神世七代 第6代の兄妹神。面足命は兄、惶根命は妹。
天空神的な要素がまだ残っている神である。面足命は「面が整い足る」という名の通り、調和・完成・形態の美しさを象徴する神であるとされ、惶根命は「根が畏れ慎む」という意味を持ち、大地や根源的な力、神への畏敬を象徴すると解釈される。両神は常に一対で記されることが多く、陰陽の調和を示す神格とされる点が特徴である。創造された世界や存在が、不完全な状態から完全に整った状態へと至ったことを象徴する神である。
『古事記』では淤母陀琉神と阿夜訶志古泥神として記され、独身の神々が続いた後、男女が対になって現れる最初の神々として登場する。これは、陰と陽、男性と女性という二元的な要素が結合して、世界がより複雑で豊かなものへと発展していく過程を示唆している。面足命と惶根命に続いて、国生みや神生みを行う伊邪那岐命と伊邪那美命が誕生することから、両神は天地創造のプロセスにおいて、万物の基本的な形を整え、次世代の神々が活動するための舞台を準備した重要な存在と位置づけられる。
このように、面足命と惶根命は、単独で特定の役割を担う神というよりも、天地の生成と発展の過程を象徴する抽象的な概念の神格化として理解されることが多い。彼らの神名は、物事の完成や成熟、そしてその美しさや尊さを表現しており、日本の宇宙観や世界観を形成する上で重要な位置を占めている。
第六天魔王は、仏道修行を妨害する魔王として恐れられる一方で、時には強力な守護神としても信仰された。また、織田信長が第六天魔王を自称したという逸話残っている。【面足命・惶根命と第六天魔王】
しかし、この神仏習合の信仰体系は、明治時代に大きな転換期を迎える。明治政府は神仏分離令を発布し、神道と仏教を明確に分け、仏教的な要素を取り除くよう命じた。これにより、第六天魔王を祀る神社は、第六天魔王信仰との決別を余儀なくされた。多くの神社が、第六天という社号を維持しつつも、祭神を第六天魔王から「六」つながりで、面足命・惶根命に変えていった。また、中には社号を「胡録神社」や「面足神社」などと改称する例も見られた。
神話や伝承に基づき、個人的な解釈を含みます。