出典:国土地理院

御祭神の椎根津彦についてお話しするのじゃ。
記紀に登場する神々で、父は武位起命じゃ。ご神徳と得意分野は、

  • 航海士に強い神徳がある
  • 海の水先案内人
  • 陽キャに強い神徳がある
じゃな。保久良神社などにてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
ちなみにこの枠は左下の▼で非表示にできるぞ。

狐っこの
にゃんこきつね
記紀に登場する神々

さおねつひこ/しいねつひこ

槁根津日子/椎根津彦

Saonetsuhiko

古事記に於ける名前の表記

槁根津日子さおねつひこ

日本書紀に於ける名前の表記

椎根津彦しいねつひこ珍彦うずひこ

先代旧事本紀に於ける名前の表記

椎根津彦命しいねつひこのみこと

新撰姓氏録抄に於ける名前の表記

宇豆彦うずひこ神知津彦かみしりつひこ神知津彦命かみしりつひこのみこと神知津彦命かみしりつひこのみこと

同神とされる名前の表記

倭宿彌命やまとのすくねのみこと

上記以外の文献または由緒書き等に於ける名前の表記

㰏根津日子神さおねつひこのかみ珍彦命うずひこのみこと青海首椎根津彦神あおみのおびとしいねつひこのかみetc...

系譜

父:武位起命
母:-

概要

神武天皇が東征において速吸門で出会い、瀬戸内海の船路の先導者となる。
物語は、神武天皇一行が日向ひむかから海路で東へ向かう途上、速吸門はやすいのと(現在の豊予海峡付近)を通過する場面から始まる。そこで、亀の甲羅に乗って釣りをしている人物と出会うのである。この人物が珍彦であり、自らを国津神くにつかみであると名乗り、天皇のために水先案内を務めることを申し出た。珍彦は、かじの木でつくったかいを取って天皇の船を導いたことから、後に「椎根津彦」の名を賜った。

大和に入ってからの戦いにおいても、椎根津彦はその知略を発揮している。特に、大和の支配者であった兄磯城えしきを討伐する際には、地元の老人に化けて策を巡らせ、敵を打ち破るための情報を収集した。これは、武力だけでなく、策略家としての優れた才能を示している。

東征が成功し、大和の平定が成った後、椎根津彦はその功績が認められ、倭国造やまとのくにのみやつこに任じられた。これは、大和の地を統治する重要な役職であり、神武天皇の政権において確固たる地位を築いたことを意味する。また、その子孫は代々倭国造を務めたと伝えられており、倭国造の祖となった。

丹後半島の籠神社の社伝には、「別名・珍彦・椎根津彦・神知津彦 籠宮主祭神天孫彦火明命第四代 海部宮司家四代目の祖 神武東征の途次、明石海峡(速吸門)に亀に乗って現れ、神武天皇を先導して浪速、河内、大和へと進み、幾多の献策に依り大和建国の第一の功労者として、神武天皇から倭宿禰やまとすくねの称号を賜る。外に大倭国造、倭直とも云う。」とある。

神徳・得意分野

神話や伝承に基づき、個人的な解釈を含みます。

  • 航海士に強い神徳がある
  • 海の水先案内人
  • 陽キャに強い神徳がある


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