出典:国土地理院

御祭神の村国男依についてお話しするのじゃ。
古代の豪族で、系譜がちょっと不詳なのじゃ。ご神徳と得意分野は、

  • 美濃國の守護神
じゃな。村国神社などにてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
ちなみにこの枠は左下の▼で非表示にできるぞ。

狐っこの
にゃんこきつね
古代の豪族

むらくにのおより

村国男依

Murakuninooyori

日本書紀に於ける名前の表記

村国男依むらくにのおより村国雄依むらくにのおより

上記以外の文献または由緒書き等に於ける名前の表記

村国小依むらくにのおより村国男依命むらくにのおよりのみことetc...

系譜

父:-
母:-

概要

飛鳥時代あすかじだいに武将として活躍し、後世に神格化された美濃國みののくに各務郡かがみのこり出身の有力な豪族である。

天智天皇てんじてんのうの弟である大海人皇子おおあまのおうじに仕える舎人とねりであった。天智天皇の崩御後、皇位継承を巡って大海人皇子と天皇の息子である大友皇子おおとものおうじが衝突し、古代最大の内乱とされる天武天皇てんむてんのう元年(六七二年)の壬申の乱じんしんのらんが勃発した。

この際、男依は主君の命を受けていち早く美濃の安八磨郡あはちまのこおりへと急行し、わずか数日で三千人もの兵を動員することに成功した。さらに戦略的要衝であった不破ふわの地を確保し、東国からの兵力補給路を断つことで、大海人皇子側の勝利を決定づける地盤を築いた。

その後も近江國おうみのくに方面へ進撃する主力軍の将軍の筆頭として軍を率い、息長おきなが鳥坂とさかの戦いで連戦連勝を重ねて大津宮おおつのみやを陥落させるという、乱における最大の功績を挙げた。内乱終結後、その並外れた勲功によりむらじの姓と功封こうふを賜り、天武天皇五年(六七六年)に没した際には大臣クラスに相当する外小紫げしょうしの冠位を贈られた。

彼の死後、故郷の民や一族は彼を地域開拓の祖や武勇の神として崇め、現在の岐阜県各務原市かかみがはらしに鎮座する村国神社むらくにじんじゃの祭神として合祀した。

神徳・得意分野

神話や伝承に基づき、個人的な解釈を含みます。

  • 美濃國の守護神

村国男依」 を祀る神社は 2社です。
主祭神・相殿神・配祀神・合祀神などとして祀られている神社を表示しています。

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