出典:国土地理院

御祭神の景行天皇についてお話しするのじゃ。
いにしえの皇族で、父は垂仁天皇、母は日葉酢媛命じゃ。加知山神社などにてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
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狐っこの
にゃんこきつね
いにしえの皇族

12.けいこうてんのう

景行天皇

12.keikou Tennou(Emperor)

古事記に於ける名前の表記

大帯日子天皇おおたらしひこのすめらみこと大帯日子淤斯呂和気命おおたらしひこおしろわけのみこと大帯日子淤斯呂和気天皇おおたらしひこおしろわけのすめらみこと

日本書紀に於ける名前の表記

大足彦天皇おおたらしひこのすめらみこと大足彦尊おおたらしひこのみこと大足彦忍代別天皇おおたらしひこおしろわけのすめらみこと

先代旧事本紀に於ける名前の表記

大足彦命おおたらしひこのみこと大足彦忍代別尊おおたらしひこおしろわけのみこと日本大足彦忍代別尊やまとおおたらしひこおしろわけのみこと纒向日代宮御宇天皇まきむくのひしろのみやにあめのしたしろしめししすめらみこと

漢風諡号に於ける名前の表記

景行天皇けいこうてんのう

和風諡号に於ける名前の表記

大足彦忍代別天皇おおたらしひこおしろわけのすめらみこと

系譜
概要

第12代天皇。第11代垂仁天皇の皇子とされ、纏向遺跡まきむくいせき周辺に都を置いた最後の天皇と伝えられる。その治世は、大和朝廷の支配領域が九州から東北地方にまで拡大したとされる時期にあたる。

景行天皇は自ら九州へ赴き、日向(現在の宮崎県)の熊襲くまそを征討したとされる。また、皇子である日本武尊やまとたけるのみことに、東国の蝦夷えみしや出雲の勢力、さらには熊襲の討伐を命じた。これらの征討伝説は、大和王権の勢力が列島各地へ広まっていった歴史的背景を反映したものと考えられている。

記紀によれば、景行天皇には多数の皇子がおり、その多くを地方に派遣して支配を確立させたという。このことは、大和朝廷が全国各地に統治の網を広げていく過程を象徴している。しかし、景行天皇は伝説的な要素が多く、実在の可能性や複数の王の事績が統合された神話的象徴としての側面も議論されている。

その治世とされる時期は考古学的に4世紀前半頃にあたり、巨大前方後円墳が築造された時代と重なる。陵墓は、宮内庁により奈良県天理市の渋谷向山古墳しぶたにむかいやまこふんに「山辺道上陵やまのべのみちのえのみささぎ」として治定されている。

景行天皇」 を祀る神社は 2社です。
主祭神・相殿神・配祀神・合祀神などとして祀られている神社を表示しています。
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