出典:国土地理院
御祭神の山田惟之についてお話しするのじゃ。
歴史上の人物で、系譜がちょっと不詳なのじゃ。植木神社にてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
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山田小三郎惟之山田惟之etc...
父:-
母:-
山田惟之は、日本の平安時代末期から武家社会の黎明期にかけて実在した伊賀國出身の武士である。一般には「山田小三郎惟之」の名で知られており、軍記物語の傑作として名高い『保元物語』にもその名が刻まれている。
彼は保元元年に二十八歳という若さで、強弓の使い手として恐れられた鎮西八郎為朝に対峙したと伝えられる勇猛な人物である。時の権力者であった平清盛の軍勢に連なる伊賀國の高名な郎等として、数百騎に及ぶ精鋭の一角を占め、都の命運を賭けた大戦へと出陣した。後世においては神格化が進み、その武徳や地域との深い繋がりから、現代でも三重県伊賀市に鎮座する植木神社などの由緒ある社において「山田惟之命」として祀られている。