出典:国土地理院

御祭神の大碓皇子についてお話しするのじゃ。
いにしえの皇族で、父は景行天皇、母は播磨稲日大郎姫じゃ。守田神社にてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
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狐っこの
にゃんこきつね
いにしえの皇族

おおうすのみこと

大碓命/大碓皇子

Oousu-no-Mikoto

古事記に於ける名前の表記

大碓命おおうすのみこと

日本書紀に於ける名前の表記

大碓皇子おおうすのみこと

系譜
概要

大碓皇子おおうすのみこは、記紀きき神話に登場する古代日本の皇族であり、第十二代景行天皇けいこうてんのうの第一皇子である。母は播磨稲日大郎姫はりまのいなびのおおいらつめで、日本武尊やまとたけるのみことの同母兄にあたり、日本書紀にほんしょきでは彼らが双子として生まれたと記されている。

大碓皇子に関する逸話は古事記こじきと日本書紀で大きく異なり、その人物像には差異が存在する。古事記によると、父である天皇から美濃みの国造の娘である兄媛えひめ弟媛おとひめを召し上げるよう命じられたが、その美しさに惹かれて自らの妻としてしまい、別の女性を偽って天皇に差し向けた。その後、この不忠を責められることを恐れて朝廷の食事の席に現れなくなったため、天皇は弟の小碓命おうすのみこと、のちの日本武尊に兄を諭すよう命じたが、小碓命は言葉を取り違えて朝のかわやで大碓皇子を捕らえ、手足をもぎ取って殺害してしまったという衝撃的な結末が綴られている。

これに対して日本書紀では、天皇から東国遠征の平定を命じられた際に、恐れて草の中に逃げ隠れたため、軍を率いる素質がないと判断されて美濃国へ封じられるという小人物としての描かれ方をしている。

このように、大碓皇子は弟の圧倒的な英雄性を際立たせるための対比的な存在として描かれることが多いが、美濃の豪族である牟宜都君むげつのきみ守君もりのきみといった現地氏族の祖先として信仰されている。

大碓皇子」 を祀る神社は 1社です。
主祭神・相殿神・配祀神・合祀神などとして祀られている神社を表示しています。

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