出典:国土地理院

御祭神の吉備津彦命についてお話しするのじゃ。
いにしえの皇族で、父は孝霊天皇、母は倭国香媛じゃ。ご神徳と得意分野は、

  • 軍師・開拓
  • リーダーシップ
  • 桃太郎
じゃな。吉備津彦神社などにてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
ちなみにこの枠は左下の▼で非表示にできるぞ。

狐っこの
にゃんこきつね
いにしえの皇族

おおきびつひこのみこと/きびつひこのみこと

大吉備津日子命/吉備津彦命

Ookibitsuhiko-no-Mikoto

古事記に於ける名前の表記

大吉備津日子命おおきびつひこのみこと比古伊佐勢理毘古命ひこいさせりびこのみこと

日本書紀に於ける名前の表記

五十狭芹彦命いさせりひこのみこと吉備津彥きびつひこ吉備津彦命きびつひこのみこと彦五十狭芹彦命ひこいさせりひこのみこと

上記以外の文献または由緒書き等に於ける名前の表記

吉備都彦きびつひこ吉備開国之神きびかいこくのかみ大吉備津彦命おおきびつひこのみことetc...

系譜
概要

第7代孝霊天皇皇子である。四道将軍の1人で、西道に派遣され、吉備國(現在の岡山県周辺)の開拓・平定に大きな功績を残したことから、同地域を中心に広く信仰されている。

そして、吉備國を治めていた温羅うらと呼ばれる鬼神を討伐したと伝わる。この温羅退治の伝承は、後に「桃太郎伝説」として民間に広まり、吉備津彦命が桃太郎のモデルとされることも多い。吉備津彦命は、その功績から吉備国の総鎮守として崇敬を集め、吉備津彦命は、岡山県内にある吉備津神社および吉備津彦神社の主祭神として祀られている。吉備津神社は備中国の一宮、吉備津彦神社は備前国の一宮であり、両社とも吉備津彦命を信仰の中心に据えている。

さらに詳しく・・・

【吉備津彦命と温羅伝説と桃太郎】

吉備津彦命きびつひこのみこと温羅うら伝説は、古代吉備国を舞台にした神話的な物語であり、童話「桃太郎」の原型として広く知られている。この伝説は、大和朝廷による吉備平定という歴史的事実を背景に、英雄と鬼の戦いとして語り継がれてきた。

伝説の概要は、『日本書紀』において四道将軍の一人として吉備に派遣された吉備津彦命が、鬼ノ城きのじょうに居を構え人々を苦しめていた鬼の温羅を退治するという筋立てである。温羅は異国から来た大男とされ、その居城である鬼ノ城は、現在の岡山県総社市に残る古代山城に比定されている。両者の戦いは激しく、吉備津彦命が放った矢が温羅の左目に命中したとされる。この矢が落ちた場所は「矢喰やぐい神社」、温羅の血が流れた川は「血吸川ちすいがわ」として現在も地名に残る。

最終的に温羅は討ち取られるが、彼の怨念は首となってからも唸り声をあげ続けた。このため、吉備津彦命は温羅の首を吉備津神社御釜殿おかまでんの地下深くに埋める。すると、温羅は吉備津彦命の夢枕に現れ、釜の唸り声で世の吉凶を占うことを告げたという。この故事に由来する「鳴釜神事なるかましんじ」は、現在も吉備津神社で執り行われ、釜の鳴る音の大小で吉凶を占う神秘的な神事として知られている。

この伝説は、単なる鬼退治の物語ではなく、大和朝廷と古代吉備国の間の権力闘争を象徴しているという解釈が有力である。温羅は吉備の古代豪族であり、優れた製鉄技術を持つ集団の首長であった可能性が指摘されている。鉄資源を求めた大和朝廷が、吉備の勢力を支配下に置く過程が、鬼ノ城を拠点とした温羅を、大和の英雄である吉備津彦命が討ち取るという物語に変換されたと見られている。

四道将軍しどうしょうぐん

崇神すじん天皇の代に、北陸ほくろく東海とうかい西道さいどう丹波たんばの四方面へと派遣された皇族の将軍たちの総称が四道将軍しどうしょうぐんである。『日本書紀にほんしょき』の記述によれば、崇神天皇十年、地方の平定と天皇への帰順を促すことを目的として、大彦命おおひこのみこと北陸ほくろくへ、武渟川別たけぬなかわわけ東海とうかいへ、吉備津彦命きびつひこのみこと西道さいどうへ、丹波道主命たんばみちぬしのみこと丹波たんばへとそれぞれ遣わしたとされる。

これに先立ち、大物主神おおものぬしのかみを祀ることで国内の疫病を鎮めた天皇は、次に王権の支配力を地方へ拡大させるべく、信頼の置ける皇親を各地の軍事指揮官として任命したのである。

北陸へ向かった大彦命が道中で不吉な歌を詠む少女に出会い、それが都での武埴安彦たけはにやすひこの謀反を予見していたという逸話は有名であり、四道将軍の派遣が単なる地方遠征のみならず、中央の政情安定とも密接に関わっていたことを示唆している。その少女が詠んだ歌が下記である。

御間城入彦みまきいりひこはや (おの)が(を)を (し)せむと (ぬす)まく知らに 姫遊(ひめなそび)すも
みかど(=崇神天皇)は自分の命が狙われているとも知らずに、姫たちとよろしくやってるものなのだ)

各地へ赴いた将軍たちは、その土地の有力な勢力を服従させ、あるいは教化することで、大和やまと朝廷による全国統治の礎を築いた。特に大彦命と武渟川別が合流した地は、出会った場所を意味する「相津あいづ」、転じて会津あいづという地名の由来になったと伝えられる。

一方で、『古事記』においては、派遣された将軍の顔ぶれや管轄地域に相違が見られるものの、崇神天皇が「御肇國天皇はつくにしらすすめらみこと」と称されるにふさわしい国家形成の先駆者として描かれている点は共通している。

四道将軍の伝承は、大和王権が三輪山みわやま周辺の限定的な勢力から、日本列島の広範な地域を統べる広域王権へと成長していく歴史的な転換点を象徴する重要な物語である。

神徳・得意分野

神話や伝承に基づき、個人的な解釈を含みます。

  • 軍師・開拓
  • リーダーシップ
  • 桃太郎


免責事項
  • これは学術的な手法に基づく調査・研究ではありませんが、日々研究を重ねて精度を上げていきます。
  • フィールドワークで得られた情報とスマホで撮影した写真をもとに、主観的に判断しているため誤解釈や間違いが発生している可能性があります。
  • その場合、先の研究や報告等に対し意義を唱えるものではなく、当ウェブサイト側のミスである可能性が高いことをご了承ください。
  • よく分からないものは「不明」と表記しています。
  • 宗派・祭神・神札に関しては、 「境内設置の由緒書き」「現地での目視確認」「公式ウェブサイトでの記載」または「各都道府県の神社庁ウェブサイト」のいずれかにて確認できなかった場合は、 慣例的に容易に予測や推定可能な場合であっても原則的に「不明」としています。しかしながら、神社名から推察される祭神名を括弧書きで表示している場合もあります。
  • また祭神に関しては、その表記に別名や別称が多数存在することが多く、基本的には由緒書きに従った表記名をし、 祭神について詳細情報がある場合は祭神名が太字リンクとなっております。
  • 当ウェブサイトに掲載された情報の利用により発生したいかなるトラブル・損失・損害に対しても、当方は責任を負いません。
著作権
  • 当ウェブサイトに掲載されているスナップ写真のみ、クリエイティブ・コモンズ「CC BY-NC 4.0」で提供されています。
  • 当ウェブサイトに掲載されている文字コンテンツ、360度画像、イラストは、おさんぽ・YOKOHAMAが権利を有していおります。