出典:国土地理院

御祭神の両道入姫命についてお話しするのじゃ。
いにしえの皇族で、父は垂仁天皇、母は綺戸辺じゃ。吉田神社にてお祀りされておるのじゃ。
詳細は地図にも示しておるし、ページをスクロールして見てみるのじゃ!
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狐っこの
にゃんこきつね
いにしえの皇族

ふたじいりひめのみこと

両道入姫命

Futajiirihime-no-Mikoto

古事記に於ける名前の表記

布多遅能伊理毘売命ふたじのいりびめのみこと石衝毘売命いわつくびめのみこと

日本書紀に於ける名前の表記

両道入姫命ふたじいりひめのみこと両道入姫皇女ふたじいりひめのひめみこ

系譜
概要

第11代垂仁天皇すいにんてんのうの皇女であり、その生涯は皇統の確立と継承において重要な役割を果たした。特に、伝説的な英雄とされる日本武尊やまとたけるのみことの妃であり、第14代仲哀天皇ちゅうあいてんのうの母であることで知られる。

両道入姫命の母は、山背國やましろのくにの豪族、山背大国不遅やましろのおおくにふちの娘である綺戸辺かばとべとされる。『日本書紀』の垂仁天皇紀には、天皇が山背に行幸した際に綺戸辺を召し、両道入姫命と磐衝別命いわつくわけのみことが生まれたことが記されている。

その後の両道入姫命の人生は、日本武尊の妃としての役割が中心となる。日本武尊は景行天皇けいこうてんのうの皇子として、各地の反乱を平定した英雄ではあるが、西征や東征の過酷な旅の末に、伊勢國いせのくに能褒野のぼので没してしまった。その悲報に接した彼女の心情は、古代の挽歌的な記述の中に見え隠れする。

日本武尊の死後、子である仲哀天皇は天皇位を継承し、その母である両道入姫命は、仲哀天皇の即位に伴い、皇太后として尊崇された。

両道入姫命」 を祀る神社は 1社です。
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