恵美須神祝詞
掛巻も畏き都味歯八重事代主命の廣前に白く。皇親神漏岐神漏美の命を以て、皇御孫之尊の豊葦原の水穂の國を安國と所知食んと神問しに問し給ふ時大神は、出雲國三穂之崎に遊行座鳥遊魚取を樂座て、葦原の中國を立處に皇御孫尊に奉らせ給へと白給て、海中に八重蒼紫垣を造り船の枻を踏て避給ひき。如此避給ふは、親に孝君に忠なる道を呉竹の世々に垂給へる廣く厚き神徳なるが故に、今も仰尊み奉りて、貴も賤も家内の神斎御棚に斎鎮奉れり。又、十月二十日には世の言草に恵美須祭と稱奉て、市人の家家に祭れる由は、食國の御法を天下の公民の過犯事無く、明き直き真心以て家を治、業を勤る事を緩怠事無く、樛の木の彌嗣々に萬代まで玉葛絶事無く、平けく安けく富栄仕奉しめ給へと言壽て、由貴の御饌、由貴の御酒を如海山置足成て、今日の朝日の豊榮登に稱辭竟奉ると恐み恐みも申す。