阿弥陀如来(あみだにょらい)は、大乗仏教における如来の一尊であり、浄土教の信仰の中心的な存在である。サンスクリット語で「アミターバ(無限の光)」と「アミタユース(無限の寿命)」を意味し、その無辺の慈悲と光で、すべての人々を救済すると誓ったとされる。阿弥陀如来は、はるか西方にあるとされる極楽浄土(ごくらくじょうど)の教主であり、この世の苦しみから解き放たれて極楽往生することを願う人々から、篤い信仰を集めている。
その教えは、どのような者であっても「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と一心に念仏を唱えるだけで、阿弥陀如来の力によって極楽往土に迎えられるというものである。この易行(いぎょう)の教えは、複雑な修行が困難な民衆の間で広く浸透し、平安時代には空也(くうや)や源信(げんしん)といった僧によって普及した。鎌倉時代には、法然(ほうねん)が浄土宗を開き、親鸞(しんらん)が浄土真宗を開いて、念仏による救いを教義の柱とし、日本仏教の主要な流れを形成した。
仏像としての阿弥陀如来は、穏やかな顔立ちと、上品な衣をまとった姿で表現されることが多い。悟りを開いたときに結んだとされる定印(じょういん)、そして臨終の人を迎えにくる「来迎(らいごう)」の姿を表す来迎印(らいごういん)など、様々な印相が見られる。特に、来迎の場面では、観音菩薩(かんのんぼさつ)と勢至菩薩(せいしぼさつ)を脇侍(きょうじ)として従え、雲に乗ってやってくる「阿弥陀三尊」として描かれることが多い。京都の平等院鳳凰堂や、鎌倉大仏などは、阿弥陀如来を本尊として祀った代表的な例である。 |